とんかつカンティーヌの、これから~ ⑨闇の中の光明

(つづき)


ブログで、今年(2022年)の4月21日に投稿した記事があります。


ここで私は、この先の数ヶ月から1年くらいにかけて、これから社会・経済・政治・テクノロジーが向かっていくであろう方向性を、表にまとめて、予想しました。


(当店HP, 「店主ブログ」, 2022年4月21日『やっぱりレストランをやりたい』)


実はそれの前の2つの投稿を書いた時点では、


(同、4月14日『なぜ頑なに、飲食業態に戻そうとしないのか?』

4月5日『当店の業態のこれからについて(今後の社会・経済状況の店主的予測に基づく)』)


突然勃発したウクライナ情勢によって、混乱極まる状況下にあった情勢分析の中で、それまで構想を温めてきていた「とんかつカンティーヌ+」のアイデアがゆさぶりをかけられることとなり、「この先の展望が、ゼロリセットされた」くらいの暗澹たる気分に陥っていましたが、


4月21日の投稿をした時点では、わずかな光明といえる希望的観測を抱けるくらいには、前向きになっていました。


「もし自分の予想が正しければ、もしこのような社会変容が加速していくとしたら、その先には、むしろ勝機が、生まれてくるのかもしれない。」


それは、ウクライナ侵攻というとんでもないことが起こるとは予想もしていなかった過去に、「いずれコロナ禍が明けたときには」と予想していた状況よりもかなり悪い状況、つまり「飲食業界全体が危機に陥る、淘汰の時代」が訪れたときに成立しうる戦略であり、


同時にもしかしたら、飲食業界とかいう限定的な世界ではなくて、消費者市場、消費者行動全体が、一段階、横滑りするような――そしてそこから、滑り落とされ、ふるい落とされてしまうビジネスが、続出しかねないような――そんな時代になるかもしれないことを、暗示するものでした。


しかし逆説的なことに、そこにもし、チャンスがあるのだとしたら。


今の状況を見る限り、程度の差はあれ、そうなる方向性に向かっていく可能性は、決して低くはない。「とんかつカンティーヌ+」の計画は、今からその唯一のチャンスに照準を定めていく、という戦略をとろう。それしかない。


そのためには、今のこの「過渡期」の時間をどう使うかが、重要だ。今じたばたしたところで、たいしたことはできっこない。その時間に、できるだけの準備をしておかなければならない。お金がどんどん減っていったとしても、最悪、その戦略実行段階の時まで、ぎりぎりなんとか持ちこたえさえすればいい。


どちらにしたって、毎日の業務に追われるばかりで、準備や考えるための時間もとれないままに毎日を過ごし、いずれじわじわと追い込まれていく…ということは、自分にとってはもっと良くないパターンだ。何もやらずに沈没に追い込まれるくらいなら、自分が信じる戦略に賭けて、やれるだけのことはやって沈没しよう。


そう考えることができたとき、あの2020年のコロナ禍の始まりとともに「飲食業態を一旦捨てて、デリ業態でやるしかない。」と決心したあのときと同じように、一段階、肝が据わった気がしたのです。


(つづく)


閲覧数:19回0件のコメント

最新記事

すべて表示

(つづき) この連載の一番最初、①の投稿で、私はサブタイトルをこう付けました。 「 『飲食業界』の話ですが、実際は、『あらゆる市民生活』に関わるかもしれません 」 これはどういう意味だったのか。 タイトルだけ付けておきながら、この件には今まで触れずに話を進めてまいりましたが。 café Kobutaのオープン準備をしていた6月初旬、耳目を引くニュースが飛び込んできました。 「ユニクロが、今秋、フリ

(つづき) 当店HPの「コンセプト」ページには、「こんなときに!ご利用シーン」と題して、こんな方がこんな状況のときに、ぜひご利用ください!ということを、イラストで描いてあります。とんかつカンティーヌ時代のものです。 前回の投稿に書いたような考えがあるので、とんかつカンティーヌ+の内容をもう少し具体的にご案内し始めるときには、これらを少し、描き直すつもりです。 しかしそれでも、かつてのとんかつカンテ

(つづき) そんなわけで、カフェ業態はカフェ業態として、今の期間は、楽しんでいただける方に楽しんでいただけたらいいな、と考えています。 デリ業態になってから多くいらしてくださるようになったファミリー層のお客様にとって利用しづらくなってしまうのは、心苦しく残念ではありましたし、申し訳ない気持ちもありました。 しかしながら、実はそのことに関して、デリ業態が終了した今、改めてお伝えしておかなければならな