なぜ頑な(かたくな)に、飲食業態に戻そうとしないのか?

当店をご利用くださっているお客様の多くが、今やこのように思われているのではないかと考えています。


なぜこれほど社会が、withコロナの方向性に向かおうとしているのに、感染のリスクも、感染したときの危険性も、ある程度収まっていく方向性にある、あるいはコントロールできそうな方向性に向かっていっているのに、なぜこれほど頑として、店内飲食の形に戻そうとしないのか?


今回はそのことについてお話ししてみようと思います。


前回の投稿の最後に、これから店をどういう形にしようと考えているかについては、別投稿でお知らせします、と書きましたが、今回はその「形」についてではなく、そもそもなぜ飲食業態に戻すことに対してこれほど慎重になっているのか、という話です。


シンプルに端的に言うと、自分の中で、新しい形のパズルのピースがすべて揃わないから、なのです。ピースがすべて揃った形での絵が、はっきりと見えないからなのです。


自分が「とんかつカンティーヌ ゆめみるこぶた」という店を作ろうと思ったとき、そこには明確なコンセプトのデザインがありました。


とんかつカンティーヌは、ただとんかつを出す店ではない、ただとんかつをうまいと言ってもらうための店ではない。「たまたま」とんかつをメイン料理として提供はするが、とんかつに主眼があるのではなく、このとんかつカンティーヌという店で食事をしてもらう、ということを通して、トータルでどんな体験をしてもらうのか、どんな価値を感じてもらうのか。それはホームページの中のあちこちで、語っているとおりです。


そのコンセプトデザインを実現するために、店のすべて――物理的なものからそうでないものまで、ハード・ソフトすべて含めて――をデザインしたものが、「とんかつカンティーヌ ゆめみるこぶた」だったのです。



コロナ禍を脱し「アフターコロナ」と呼べる時間が到来したとき、社会はすでに変わっている。

私はそう予測しています。


そのとき、自分のコンセプトデザインの中にある店の形も、それに合わせて変えていかなければならない。


しかし、私の店の、私が事業という形で体現しようとしていることの、「コンセプト」そのものが変わることは、ないのです。


それは、パンデミックが起ころうと収束しようと、戦争が起ころうと世界恐慌が起ころうと、変えることはないのです。なぜならそれは、社会の形や動きとは関係のない、人間としての、普遍的な価値の追求から考えたものだからです。


その結果のひとつが、今のデリ業態です。


パンデミックが起こった。飛沫感染する、未知のウイルスが広まっている。それでは飲食業なんていう場は、感染拡大の温床にしかならないのではないか?絶対的な意味ではなくとも、少なくとも今この瞬間だけは、飲食業は社会にとってマイナスの存在という立場となることを免れ得ない。しかも過去の歴史を振り返ったとき、これは半年や1年なんかでは、とても収まりそうにない。


そう考えたとき、今あるハード、アセット(資産)を無理くりでもなんとか駆使することで、店の形を変え、自分のコンセプトを実現できることをやらなければならない。


大急ぎではありましたが、必死で考え、新しい店のあり方をデザインし、それをすべて埋めるための、パズルのピースが、粗くはありましたが、ひとまずぴたっと収まった形が、今のデリ業態の形でした。


無茶なことは百も承知、できることよりもできないことのほうが多い、いくつかの状況が重なっただけですぐにどん詰まりになる、それでも、ルール・制度設計によってそういうリスクを排除できるなら、そうしよう。そうすれば、無茶ではあっても、パズルは完成する。ひとつのデザインが描ける。そういう計算でした。


飲食業態に戻したときの、新しい店の形。それが、今の時点では、クリアに描ききれていないのです。


いろいろな可能性を考えています。ああもできるかもしれない。こうもできるかもしれない。その場合は、ああすべきかもしれない。あるいは、こうすべきかもしれない。そうなると、こういうことが起こってしまうかもしれない。ああいうことも起こってしまうかもしれない。そんなときは、こうすれば回避できるかもしれない。しかし同時に、ああいうリスクも新たに生じるかもしれない。


一つの方針は、細部にいたるまでの様々な可能性の分岐を生みます。それらをすべて、想定できる範囲で、想定する。その中で、相対的にベストなものを選び、決定する。決定するときには、全体のイメージのすべてが、自分の中でクリアに描けていなければならないのです。クリアでないイメージの状態、中途半端なデザインのままで形にしてしまったものは、必ずほころびが出ます。それは、お客様には必ず感じ取られてしまうものです。商品でもサービスでも飲食店でも、なんだかちぐはぐだな、という印象をもった経験は、多くの方にあるのではないでしょうか。


その、「様々な可能性の分岐」を考えている中で、不確定な要素が、現時点ではまだあまりにも多いのです。


ただ、不確定だからといって、仮説も立てずにただじっとしているのは愚の骨頂です。選択肢だけは、ずっといろいろと考えているところです。


しかし、今この瞬間はまだ、動くべきときではない。動くまいと決めたならば、動かざること山のごとし。しかし動くとなったら、疾きのこと風のごとく、侵略すること火のごとく動かなければなりません。


そんなわけで、ずっとずっと、まだ飲食業態には戻しません、と言い続けながら、考えております。


ただ、現在考えている、店が「どんな形」になるか…その選択肢に関する話は、これからブログ上で、少しずつ公開していきたいと思います。


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