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僕はやっぱり、ガストロノミーの世界の料理人(後編)3/3


昨年のクリスマス商品を作っていて、思いました。最大瞬間風速的には、かなり大変な仕事量にはなりました。でも、やっぱり思ったのです。


「こういう料理を作るの、やっぱり、楽しい!」


あれは、現代ガストロノミー料理ではなく、フランス料理の世界では古典となっている、クラシックなガストロノミー料理でした。アーティスティック性では、現代のものには及びもつきません。


しかし、部分部分を構成する小さなパーツ、小さな技術から、ひとつひとつを着実に組み上げていかないと、完成形としては決して正しい味、正しい姿にはならない、基本技術の粋(すい)のような料理です。やはりそういうのは、料理人として、技術職として、作っていて、楽しい。


フランス料理というのは、基本に忠実な細かな技術を積み石として、複雑かつ堅牢に組み上げていく建築物、あるいは、緻密で論理的な和音や調を矛盾なく組み合わせ、様々な楽器が協奏して作り上げる交響曲のような、「技術体系」なのです。決して、大きなお皿に、何か元の形がわからなくなったものがちょこんと載っている、というような、「形」のことではないのです。


だから、そのフランス料理という技術体系を用いて、基本的にはどんな料理でも、「フランス料理として」仕立て上げることが可能になります。とんかつであっても。


そうやって作れば、絶対にとんかつはもっとおいしくなる、と思って作ったのが、とんかつカンティーヌのとんかつでした。HPやチラシで「とんかつは、もっといい料理になる。」と書いているのは、そういう意味です。


当初、開業するに際しては、なるべく、「技術料」を、価格には含めたくありませんでした。それは材料原価ではないから、自分が少しがんばって手間をかけるだけで増幅できる付加価値だから、金額には、反映させるまいと。そうではなくて、「税込で、2000円以内」で、すこぶる満足できる食事というものを、提供したい!それでこそ、「食」という文化的価値をあまねく広めていけることになり、社会を豊かにしていけるんだ、と。


しかしそれは、やはり甘い考えだったことに、あとになってから気づきました。目に見えずとも、「自分」というリソースは使っている。毎秒毎秒常に、あらゆるものに、コストはかかっている。


しかるべき価値があると自分で自信を持てるものを出すつもりなら、それに見合うと自分で思える価格設定をしなければ、ビジネスとしてのほつれは出てきてしまうものなんだと。


店をオープンして以来、いろいろな店、いろいろな場面で、「2000円前後の食事」を試してみました。


そうすると、わかってしまうのです。食べただけで。というより、見ただけで。どんな素材が使われているのか。どんな技術を持った人が作っているのか。どんな手間をかけて作られているのか。


これと、同じ価格帯の商品として、自分の料理を売り続けていて、自分では納得がいくのか?


もちろん、繁華街や、おしゃれな街においての食事は、「場所代」と誰もが無意識に肯う(うべなう)価格が上乗せされているということも、ある見方、ある意味においては、事実です。逆に言うと、住宅街エリアなど、人がわざわざ集まる場所でない場合は、繁華街でいうところの「場所代」を差し引いた価格設定をしなければ、適正価格としては受け入れられない、という、消費者側の感覚があります。実際、そのとおりです。


だから、住宅街エリアで2000円くらいの食事を売っているということは、表参道で2000円で売っている食事よりも、数百円以上くらいは価値があるものとして、値付けしていることを意味します。


しかし、絶対額として、それでよいのか?自分の経営的に健全な価格となっていないだけでなく、他店と比較して、「相対的な判断の結果として」、価格を決める。それでよかったのか?


とんかつカンティーヌの価値とは、何か?ほかのどこにもない食事体験を、新たに知ってもらうこと。新しい文化的価値を、「レストラン」でも「定食屋」でもない「カンティーヌ」という飲食業態を作って、提案すること。そうではなかったのか?


だとしたら、価値の尺度など、従来の他の飲食店に倣うのではなく、あくまで、「自分だったら、これにこのくらいの額の代金を払ってでも、ここで食事をしたい!」と自信を持って言えるようなものを提供し、その対価としての価格設定をするのが、正しい順序なのではないのか?



お前は、あれほどの数の人間が脱落していくガストロノミーの世界を、あんな思いをして、なんとか生き抜いてきたのだろう?



私は、自分の中で、最後まで消えない声と、向き合うことにしました。


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