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健康・健全

健全な精神は健全な肉体に宿り、健全な肉体は健全な食生活から育まれます

日本では昔から、このような言葉があります。

「健全な精神は、健全な肉体に宿る」

伝統的な精神論ともいえるのもしれませんが、店主はけっこうこれを信じています。

我々飲食業の人間…とくに、チェーン店のように大型の店舗で、お客様の顔というよりはお客様の数と売上数値を見ながら仕事をするのではなく、ひとりひとりのお客様と相対する個人店、特に専門職としてのレストランで仕事をしてきた者は、よくも悪くも、やはり人間というものを、観察する目を養われるものです。

食の場面というのは、人間性の本質を、如実に映し出します。

それは私たち料理の作り手と同様、…食べ手までも。

健全な精神は健全な肉体に宿り、健全な肉体は健全な食生活から育まれます。

SNSで写真映えすることが料理や店の新しい価値であるという風潮が高まってきたとき以来、食の文化的豊かさや健全性というものは、時としてなおざりに、ないがしろにされるようなこともあるというのが、昨今の悲しき現状です。

今や「背徳感」を売りにした、高カロリー、量、盛り付けボリューム、偏った栄養バランスなどを、「ネタ」としてバズらせる、という飲食ビジネスのモデルも、次から次へと生まれてきています。

とんかつカンティーヌのとんかつは、女性や高齢者、子どもでも無理なく、おいしく食べきれる量です。
そして野菜は、酸味の効いたマリネ、スープ、サラダ、焼いたものと、いろいろな形でたっぷり添えられます。

よけいな甘みや脂質、うまみ成分を付け足すこともしません。
基本的には、素材の持つ本来のおいしさを、塩の加減と火の入れ加減だけでどこまで引き出せるか、ということが、料理として究極的に目指すところ、という考えです。とんかつソースすら、置いていません。

食べ終わったあとに、質も、量も、体調も、気分までが、心地よかった、と思ってもらえること。
もう少しだけ、食べたい!という、次回につながるための健全な食欲が、ほんの少しだけ残っていること。
そして翌朝になっても、昨日はよい食事だった、と、体調からも気分からも、感じてもらえること。

健全な精神は健全な肉体に宿り、健全な肉体は健全な食生活から育まれるのだと、信じているのです。

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