カンティーヌランドについて(ピン留め記事)

更新日:4月25日


カンティーヌランドは、2022年2月、それまでの従来の形のホームページを大改修して、公開されました。こんな形でも、当店公式の、普通のホームページです。


ホームページは開店当初より、すべて私が自分で作っていたのですが、途中から、あれもやってみたいな、これもやってみようかと、開店前には想定していなかった試みが積み重なって、それらの情報をホームページ上にぎゅうぎゅうと詰め込んでいった結果、だんだん構成が悪くなってきて、わかりづらくなってきていました。


それで、思い切って大改修して、とんかつカンティーヌゆめみるこぶたにとって最適な形の、そして今まで誰も見たこともないような、楽しいホームページにしよう!と、この形にしました。


カンティーヌランドは、とんかつカンティーヌゆめみるこぶたの、プラットフォームとなる場所です。プラットフォームってどういう意味?ということは、あとのほうでお話しします。


とんかつカンティーヌゆめみるこぶたは、私が長い間、ずっとずっと長い間、自分の中で大切にしていた、いろいろなものを詰め込んである店です。


もともとはとんかつ屋として営業していましたが、私が目指していたのは、ただ単に「うまいとんかつの店」と言われるようになることでは、ありませんでした。むしろ本音を言えば、そんなふうに「だけ」しか表現されないような店にはなりたくない、とさえ、思っていたのです。


料理とはなんなのか。なんのための料理なのか。もっと言えば、「食」とは、人間にとって、どういう意味をもっているのか。社会的・文化的な意味、生物学的な意味、経済学的な意味、そして、道徳的な意味…。


学生時代から、ずっと考え続けてきた問いです。「食」というのは、人間にとって、あるいはすべての生命にとっての、あらゆる問題が、最も根源的なところで、結節している世界なのではないか、と…。


家族や愛する人と食卓を囲む意味、友人と語らいあう食事の意味、客人や大切な人をもてなす食事の意味、その土地その土地で生まれ、歴史的、伝統的に守られてきた食事の意味…


我々の生命を維持し、肉体をつくり、健康を保ち、精神面での安定や充足にもつながる、食物の意味…


世界的な規模での自然環境への負荷、生産と物流のために必要な資源、エネルギーの膨大さや廃棄ロスという、地球そのものの持続可能性への問題を抱える、食材の意味…


その食材を得るために、不平等や不公正、児童労働などの、貧しい地域や弱い立場が搾取され、虐げられるような構造になっている、富の偏在や人道的問題の意味…


挙げていけばきりがありませんが、今我々をとりまくいろいろな問題は、食という観点から考えてみることができます。


ところで、それぞれの専門的な分野から、「この問題はつまるところ、食の問題につながっている」という方向性でその連関が語られることがあっても、「食の分野の側(がわ)から」それぞれの専門的な分野に、地球規模での問題に、つながっていくと、そういう方向性で敷衍的に(ものごとを外側に押し広げていくように)語られることは、あまりありません。


それは、食の世界、料理の現場の世界から語る問題としては、なかなかハードルが高いことでもあるのです。感覚的、情緒的にその問題を直観し、問題意識を持つ人、活動する人は昨今では増えてきていながらも、それを実証的、理論的に語っていくこと、広く言説として押し広めていくことには、それなりの訓練が必要です。


幸いなことに、私の場合は、料理人としてのスタートが遅かったぶん、料理人になる前のもっと早い段階で、そういった訓練を積む経験を持つことができました。


だから私は、その経験を活かしたい。


大好きな「料理を作る」という仕事を通じて、社会の問題や、世界の問題や、生命、人間、幸福、といった抽象的で哲学的な問題にまで、理論的、実践的に、対話や議論の橋渡しをする仕事ができたら、なんと素晴らしいことか。そう思いました。理論家としてではなく、実際の料理のプレイヤーとしての立場からそのことを語ることにこそ、意味があると考えたのです。


だから私は、このとんかつカンティーヌゆめみるこぶたという店を、自分がずっと考えてきた、大切にしてきた、いろいろなものを、詰め込んだ場所にしたいと考えていました。おいしいものが食べたいね、というところから人が集まり、そこから、コミュニケーションが生まれ、議論のきっかけが、その輪が、拡がっていくような、そんな場所に。


「おいしいものを作る」という技術は、私にとっては、目指す場所へ向かうための、手段の一つに過ぎないのです。


ただ単に、「うまいとんかつの店」と「だけ」呼ばれて、氾濫するグルメ情報や、グルメ業界の「情報商品」の一つとされ、とんかつ評論家やグルメ評論家やグルメ芸能人などにほめそやされ、もてはやされ、そんな種類の人たちばかりがこぞって集まってくるような店になることなどは、全く目指すところではないのです。


「食」の仕事から、「料理」の仕事から、できることは、もっとあるはずです。もっとあるはずと、私は信じています。


食の価値は、飲食店の価値は、グルメ雑誌や有名ガイドブックに掲載され、そういった情報に敏感な一部のグルメたちを集め、インフルエンサーに情報を拡散してもらい、有名になる。そんなことだけではないと、私は思うのです。もっと、自分の信じる、よりよい社会のために、考え、発信し、価値観を提示していっても、よいのではないかと考えているのです。


今まで、飲食業の世界においては、価値観に関わる言説を発することは、一般的にタブー視されてきました。


しかし皮肉なことに、その結果、一部の飲食業の世界、特に、高級レストラン、有名店、一流店、などと呼ばれるような飲食店の世界には、全部ではないにしろ、比較的偏った価値観や人生観が支配するグルメ愛好世界の構図が、できあがってしまいました。


いくらおいしい料理だとしても、そんな形では、社会は豊かにはならない。地球全体は、幸せにはならない。それが、私の思いでした。


今現在、私にできる、具体的で大きなことは、残念ながら何もありません。


しかし、志を抱いて仕事をすることは、誰にでも、どこででも、できるはずです。


たとえ建物の石を運ぶだけの仕事をしていたとしても、自分の仕事をただ単に「石を運ぶこと」だととらえるか、それとも「大聖堂を建立すること」だととらえるかは、本人の意志しだいのはずです。そしてその意識の差からはいつか必ず、姿勢や結果の違いが、生まれてくると思うのです。


私はとりあえず、今自分にできることを、できるレベルから、やっていこうと考えています。食を通じて、社会を豊かにするために。食を通じて、地球の平和に貢献するために。プレイヤーとしてなにか語れることを、このブログに書き溜めていこうと思います。


そして。


料理の現場から地球の問題を考えるにしても、難しい概念や、抽象的な議論をふりかざすばかりではいけないとも、思っています。


何よりもまずは、楽しくありたい。食を通じて社会を豊かにするということは、まずはやはり、楽しいことであるべきです。


それは私にとっては、飲み屋で大人数で大酒を飲み、酔っぱらって大騒ぎして羽目を外す、という種類の「楽しいこと」ではありません。


私は自分の店を、ディズニーランドのような「世界」にしたいと考えています。子どもも、大人も、お年寄りも、性別も人種も、健常者も障がいを持った人も関係なく、楽しめる世界。かわいくて、やさしくて、ワクワク感があって、ときどきちょっとした驚きが隠れていて、そういうものを発見して、楽しくなれる。


カッコつけてるかっこよさとか、最先端のおしゃれさとか、そういうものは目指していません。ディズニーアトラクションの、イッツ・ア・スモールワールドのような、何十年も前から変わっていない、今から見たらただの昔の人形劇のような作りなのに、それ以上のテクノロジーなんか何も必要ない、ただ見ているだけで、あんなにやさしくいとおしい気持ちになれる、そんな誰もが安心できる世界を、作りたいのです。


そしてその世界の中に、いろいろと少しだけ、含まれているスパイス…音楽や、美術や、文学や、その他いろいろな、私が愛する、芸術に関する小さな要素…


はたまた、現実世界のリアルでシビアな、ビジネス、マクロな経済、国際問題、環境問題などの、対話と議論のきっかけ、公共の精神へとつながるコミュニケーション…


いろいろな種類の「楽しみ」が、共存する世界。


それが、様々な行き先をもった乗り物に乗り込んで楽しむことができる、「プラットフォーム」としての、とんかつカンティーヌゆめみるこぶたの世界…「カンティーヌランド」なのです。


カンティーヌランドは、生きているホームページです。形も、住人たちも、少しずつ変わっていきます。その変化は、とんかつカンティーヌゆめみるこぶたの、少しずつの成長の歩みと、おそらく一致してゆくことになるはずです。


このランドが、少しずつ、健全に、発展してゆけることを、私としては望み、目指してゆきます。


とんかつカンティーヌゆめみるこぶたをご利用くださっているお客様も、そうではなくとも何かの理由でこのカンティーヌランドを訪れてくださった方も、ほんの少しだけの興味とともに、その成り行きを見守っていただけたら、店主の私としては光栄この上ありません。

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