SDGs(Sustainable Development Goals)

地球を、まもらなければなりません。

人類の未来も、その他あらゆる生命の未来も、

我々人間が、自分自身の責務として、意志と行動をもって、まもらなければなりません。

​私はそう考えています。

このページは、SDGsについての、店主の考え方を公開しているページです。

内容は、適時アップデート(上書き更新)されることがあります。

高校生くらいのときから、破壊されゆく自然環境、生物の多様性と生態系、地球そのもの…その未来がいったいどうなってしまうのか、関心と不安を、ずっと抱いていました……

なぜ世界には、こんな経済的格差、貧困や紛争があるのか。苦しみ悲しむ人々が、特定のところ――地理的な意味だけでなく、同じ社会の中においてさえも――にばかり集中し、固定化してしまっているのか。

なぜ女性が、こういう扱いを受け続ける地域があるのか。なぜ女性に対して、このように愚劣で侮蔑的極まりない、下劣な見方しかできない男性が、先進国と言われるような国の、しかも社会的立場の高い人間の中にさえ、存在しているのか。

なぜ障害というハンディを持っている人が、肩身せまくしか生きられないのか。性的なマイノリティが、からかいや嫌悪の対象となるのか。人種や国籍を理由に、蔑視やヘイト行動をする人間がいるのか。

ずっと、疑問に思うだけでなく、時に激しい怒りまでをも覚えるようなことがありながら、生きてきました。そうした怒りは、思春期から今に至るまでの自分の人格形成に、良くも悪くも、少なからぬ影響を与えてきました。

社会人になってからは、国際NPO、NGOである、UNICEFやWWF、国境なき医師団に、少しずつながらですが、継続的な寄付を続けてきました。だいぶ前の時期から、サステナブル(持続可能)であるという概念と、その重要性を、学んできました。

皮肉なことに、そうしたところからの情報を得て、より世界を知るほどに、根源的で長きにわたってきた不条理に対する憤りや、それらに対する世間的な無関心に対してさえも、焦燥や怒りを覚えるようになってきていました。

2015年になって、国連でSDGsの中身が採択されたときに、正直、「何をいまさら!」という感覚とともに、「どうしてこんな17もの項目に細分化して、覚えづらく?しかも、それぞれが重複している部分だってあるじゃないか!」という、批判的な見方を、まず抱いてしまいました。

 

当時はSDGsという言葉そのものも、あまり好きにはなれませんでした。なぜかというと、それが一種の環境流行語のような、あるいは意味のはっきりしない「バズワード」のような、そんな言葉に成り下がってしまいそうな雰囲気があったからです。

ですが、時間の経過によって、世間でも、SDGsという言葉と、意味が、だんだん知られるようになってきました。

 

一つの言葉を、目指す具体的な目標という形にして、それを使い続けたことで、広く一般に知られるようになってきたのです。「内容的に重複している項目がある」とかいう批判は重要なことではなく、まずは小学校の教室に貼ってある「〇〇しよう!」という目標一覧をみんなで共有することが、最初の一歩としてとても大事なことだったのです。内容が重複して17にも及んでいるのは、何かしらの理由があるのでしょう。

このように最近、私も考え方が変わってきました。不条理や無関心に対して怒りを抱く前に、まずはスタートラインにみんなで立ち、知識やできることを共有しながら、その輪を広げていこう、という考えになってきました。

だから私は、とんかつカンティーヌという自分の店で、そのようなスタンスで、SDGsのための行動と、店の運営をしていきます。

飲食業の固定概念や過去の慣習にとらわれず、良い意味で空気を読まず、やるべきだと考えることは、自分から実行していこうと考えています。

数年前までは、あまり公に口に出しては言わなかったことですが、今なら、いや今こそ、私は誇りをもって、こう発信していきたいと考えています。

私は、世界の平和のために、料理の仕事をしています。

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