「シェフの部屋」公開に至るまでの経緯
- とんかつカンティーヌ ゆめみるこぶた

- 6月15日
- 読了時間: 17分
カンティーヌランドの中に、「シェフの部屋」という新しい建物ができました。
これは店主/オーナーシェフである私がどういう人物であるのか、紹介しているページです。
この店の開業(2019年4月9日)から本日(2026年6月15日)まで、私は自分に関わる情報を明らかにしないまま、この店を運営してきました。
しかしその方針をこの度、変えることとしました。そしてこの「シェフの部屋」が建ちました。
この方針転換には、私個人の中で、とても長きにわたって、様々な葛藤がありました。
そして考えに考えた結果、こういう結論となりました。
この「シェフの部屋」の公開直前に、今回の方針転換について私が何を考えたのか、SNS&メールマガジン「こぶた通信」において、連載投稿をしてきました。
このブログ記事は、その連載投稿をまとめたものです。
(区切り線下より)

この画像は、昨年、2025年の8月28日に投稿した「こぶた通信」です。
この投稿を、どれだけの方がお読みになったのか、
読まれていたとしても、それを覚えてらっしゃる方が、どれだけいるのか…
わからないくらいの時間が、すでに流れてしまいました。
結局、何もしないままに。
これは、昨年10月に行った大きな価格改定に際して、その決定に至った考えとその経緯を説明するために、事前の数カ月間を使って連載記事を投稿していた(!)ときの、そのうちのひとつです。
こぶた通信をさかのぼっていただけると、当時のこの投稿がまだ残っています。
またHPの「店主ブログ」の中にも、2025年10月2日の投稿の中に、上記の一連の「数ヶ月にわたった連載投稿」をまとめたドキュメントへの、リンクが張られています。
ご興味のある方はそちらをお読みいただけると詳細が書いてありますが、
この画像(2025年8月28日)の投稿を要約すると、
「今まで私は、自分がこれまで(カンティーヌを開業する前まで)どこで何をやっていた人間であるのか、経歴情報を意図的に伏せたまま、ここまでカンティーヌを運営してきたが、その方針を変更しようと思います」
という内容でした。
ここらでちゃんと、どういう人間が営んでいる店なのか、自分のプロフィールを明らかにして、
それで改めて、「こういう店主が営んでいる『とんかつカンティーヌ』です」という形で、
価格改定した新たなとんかつカンティーヌとして、また出発しよう、という考えだったのです。
しかし結局、それは行いませんでした…
そしてそのまま、9カ月もの時間が流れました。
流れていました。気が付いたら。
とはいえ、忘れていたというわけではありません。
むしろ、自分の中ではずっと、考え続けていました。
そしてここ2カ月ほどの間、前にも増して、真剣にもう一度、このことを考え直しています。
一度は決めたことでした。
ちゃんと、考えた上で。
そのつもりでしたが。
しかしやはり、冷静になって考えてみればみるほど、どうしても何か、腑に落ちなくなってくる。
何か、自分は間違ったことを考えているのではないか。
この時のこの投稿で書いたとおり、自分の考えを不断に更新すること、そして大事にしていたポリシーも、時に応じて変えてゆくこと。
そのこと自体は、間違っているとは思いませんでした。それは少しずつ自分の殻を破り、新しくなって前に進んでいくために必要なことだと考えています。
ただ単に、芯がブレた結果の恣意的なポリシー変更とか、そういう種類のものではなかったと思っています。
しかし、何かぬぐえない違和感。
結局、そのままとなってしまいました。
その間、私のことを良く知る、貴重な昔からの友人の何人かも、みなそれは行動に移したほうがいいと言ってくれました。お前が何を考えて生きてきた人間なのかが外から見えないままこの店を運営していても、きっとお前が発信していることのすべてが一貫してうまく伝わることはない、と。
しかしなにか引っかかって、ずっと二の足を踏み続けていました。
この話を、今このタイミングで、少ししたいと考えています。
【気づかされた、「カンティーヌらしさ」】
関係ない話のように思われるかもしれませんが、
先日、5月11日のこぶた通信で、
「イラン情勢の影響の話」
という投稿をしました。
これ、なぜかわからないのですが、インプレッションが、いつもの投稿に比べて、明らかに高くなりました。
インプレッションとは、閲覧数とか、閲覧したユーザー数とかのことです。
写真全く無いのに。
どういうアルゴリズムによるものなのか?
ちょっと驚きました。
しかし…その結果を見て、今回の一連の投稿をすることを、考えました。
折しも、その投稿をしたあと、一気にこのイラン情勢の影響が社会に拡がってきつつあることが、連日ニュースや新聞で報道されるようになりました。まさに急増しました。自分でも驚きのタイミングでした。
「自分には先見の明があった」みたいなことを言うつもりではありません。
そうは受け取ってほしくはないのですが、それにしても資材包材費や、それを大量に使う物販小売業、そして資材包材ということは結局すべてあらゆるモノの流通に影響してくるということ、書いたとおりの展開が、その後の数週間のうち、驚くほど報道されるようになりました。
繰り返しますが、「自分こんな直観しちゃっててスゲエ」みたいなこと言うつもりではありません。
そんな思いはありません。
論理的に考えたら当たり前に誰でもわかることです。
ただ私は、自分の仕事、つまり飲食の仕事をしているからこそ、目の前に立ち現れた状況、その困難性から、国際情勢と、日本社会とのつながりについて、気づくこと、思うこと、語れることがあったから、その考えをシェアした、というだけです。
そしてそれが、不思議に、思ったよりもインプレッションが高かった。
おいしそうで映える料理の写真を投稿するのより、かなり。
このことは、なかなか暗示的でした。
とんかつカンティーヌという店にとって。
今、とんかつカンティーヌにいらしてくださっているお客様方、の多く…は、あまりご存じでないのではないかと、思っているのですが…
とんかつカンティーヌのホームページには、「店主ブログ」のページがあって、そこには、想像を超えるような文字数の、とてつもない量の投稿記事があります。
過去に、おそろしく大量の文章が書かれているのです。
その「店主ブログ」が開設されたのは2022年2月なのですが、さらにより以前には、「お知らせ掲示板」や、当時運用していた唯一のSNSであるFacebookのフィードで、ときどき(2021年以降は、けっこう頻繁に…)、ブログ的な長大な文章(エッセイ)が投稿されることがあり、
それらをも含めると、とんかつカンティーヌのホームページに貯蔵されているトータルの文章量は、とんでもないことになっています。
(この「ブログ開設以前の文章」は、カンティーヌランドの「図書館」の中にある、「お知らせ掲示板」のバックナンバーの中に収められています。)
これは、当店の開業2年目…コロナ禍が始まったくらいから、書き始めたものです。
あのころはまだ開業の熱も志も、良くも悪くも今より熱く強く、というときで、そこにパンデミックという一大事が襲ってきたなどという状況に取り巻かれ、何か発信しなければ、という強い衝動に駆られて、始めたものでした。
始めたというより、それはもう、私にとっては自然なことだったのです。そのような文章を、書くということが。
いったいどのような文章だったのか?
これはなかなか、簡単に説明できるようなものではないのですが、ざっくり、抽象的に言うと、
先日の「イラン情勢の影響の話」のような、そういう文章でした。国際情勢、社会問題、などをテーマにした、「飲食店を営んでいる事業主が、その目線から見ていること、考えること、伝えたいと思うこと」のエッセイでした。
そしていずれの文章でも、そこには、私の「ある思い」が通底していました。
【危機と、思いと、活字と】
驚くべきなのは…それらの文章、当時、けっこうお客様の購読率が、高かったということです。
当時はコロナ禍という環境だったので、生活の中に時間的な余裕があったという事情が関係していたとは思いますが。
そしてそれはその後、
「こんな文字数のエッセイ、お知らせ掲示板やFacebookのフィードで書くには、あまりに常軌を逸している」
と自分で判断して(笑)、2022年にブログを開設したあとにも変わらなかったというか、むしろブログ購読率もけっこう高い水準が維持されていたように思います。
その2022年2月のブログ開設~2022年10月のとんかつカンティーヌ+(プラス)リニューアル再オープンに至るまでの期間が、最も集中的に、膨大で中身も濃く詰まった連載エッセイが書かれた時期でした。
先日、ちょっと思うところがあって、そのブログを、改めて自分で読み返してみました。
そして、圧倒されました。…その膨大さに(笑)
しかしながら…手前味噌ながら、実はけっこう関心してしまいました。よくぞこれだけの文章を、残したなと。
あのとき…
2022年、コロナ禍が明けそうな社会情勢になってきて、それまでやっていたデリカテッセン業態の需要が急激にしぼみ始めた危機感、
まさにそのときに起こったロシアのウクライナ侵攻、すぐに影響の出始めた、業務用食材の急騰…
そしておそらくその後波及してくるであろう、消費者市場での物価上昇、
コロナ禍で変容してしまった消費者の生活サイクルと消費行動…
いくつもの不確定要因が同時多発的に襲い掛かってきたあのときの動揺と不安、
しかしそんな中で、必死で考えたのだなと、記憶がよみがえってきました。
必死で考え、そしてそれを発信した。発信し続けた。
いつも自分の心の中にあった、通底する自分の「ある思い」に基づいて。
ありがたいことに、なんとこれら全ての文章をお読みになったお客様が、少数ながら、いらっしゃいます。私自身が、これを全て読まれるような方はいないだろうくらいの前提で書いていた文章だったので、そのこと自体に驚愕です。
しかし、先に手前味噌ながらと書いたとおりですが、確かになかなか、これは面白い文章になっている。今から4年以上も前、このときの時点で、これだけのことを先に見据え、これだけのことを考えて、これだけの戦略を練り、それを行動に移したとは。
もちろん自分の記憶にはありますが、当時のリアルタイム連載の文章をそのまま読むとなかなか生々しくて、けっこう迫力あって面白いものでした。
そしてそれを、その文章中で書かれているとおりの「自分の考えと信念」に基づいて、そのように公開し、お客様に対して、発信し続けたとは。
ことによれば客離れにつながるかもしれない、リスクを犯してまで。
【終わらない危機、もう一度向き合った自分自身】
当時の全ての文章をお読みくださった方には、もう平伏するしかありませんが、
部分的にではあっても、このときの長大な連載を読まれた方には、今さらながらに、改めて感謝を申し上げたいような気持ちになりました。
そして、
ーーあるいは、しかしーー
同時に、やはり改めて、思いました。
思わざるを得ませんでした。
労力と時間をかけて、この当時のブログをお読みくださった方であっても、
(そして、当時の文章をお読みにはなっていない、最近カンティーヌにいらっしゃるようになった方であるなら、なおさら)、
多くの方が、この「とんかつカンティーヌ」という店に対して、同じ疑問を持たれることがあるのではないだろうか、と。
なぜこの店主は、これほどまでに、
世界情勢、国際問題について、語りたがるのか?
社会問題のことを論じたがるのか?
経済やビジネスやITのことにまで口を出すのか?
民主主義だとか、自由だとか、正義だとか、そういう概念を持ち出したがるのか?
なぜメニューブックを「本」にしてまで、あのような文章を書いているのか?
カンティーヌランドにいる動物たちにまで、あのようなことを語らせているのか?
なぜあれほど、「フーディー」を下品な快楽主義者として毛嫌いし、彼らによって支えられ回り続けるグルメ業界を忌避するのか?
なぜお客様に対してあのような、「とにかくまずは(なんであっても)読まなければ、利用できない」ような店の運営の仕方をしているのか?
事業理念が、
「食を通じて、社会を豊かにする。世界の問題を、考える。」
とは、何を意図しているのか?
いったい、なにをしたいのか?
政治色が強い人物なのか?
単なる意識高い系なのか?
衒学趣味なのか?
違和感を持たれるか、
あるいは時に嫌悪感を抱かれるか、
そういうことも、けっこうあるのだろうな、と。
もっとも、最初からそれを承知の上で、やっていたことではあったのですが。
開業当初から数年間は、そういうことはあまり気にもせず、ただ「我が道を貫く」系の姿勢のほうがデフォルトになっていた気がしますが(だからあれだけ書き続けたのでしょう)、
最近では、少なくとも一般的には、違和感を感じられるほうが多いだろうな、と自覚しています。
以前に比べれば、そういう類の文章を書くことは、圧倒的に減りました。ブログ更新もしなくなりましたし、なんなら2024年の「カスハラ問題について考える」という投稿は、連載の途中で止まったままです。
とはいえ、そういう文章が減ったことの直接の原因は、別に「こういう強い思想を感じさせるような行為は、嫌われるかもしれないから、控えたほうがいい」と考えたことでは、ありません。
ただ単に、事業に余裕がなさすぎて、危機感に追われる毎日になりすぎたからです。
とにかく、収益を上げなければ、自分の生活を成り立たせなければ、という、優先順位に追われてのことです。
しかし…
その「とにかくまずは事業の採算を」を最優先にしていても、
必死になって、あれとかこれとかそれとか、いろいろ考えて試してみて、ちょっとずつ、少しずつ上向いてきて、今年に入ってからまた少し昨年対比で成長している、この調子でもう少しいけば、あとはなんとか…
と思っていたまさにその矢先、
今度は、イラン情勢です。
4月、5月の売上は、それまでの勢いと比べて、ガクンと削がれました。
この先どうなるかわからないこの社会情勢の不安の中で、多くの方の消費マインドは、また揺らいだのかもしれない。そういう直感がありました。その不安定さは、きっとまだしばらく続くことになると思います。
また、か…
ここにきて、また…
もういったい、何度目なのか…
開業した翌年にはコロナ発生、
コロナが落ち着いてきたと思ったらウクライナ情勢と円安による業務用食材の高騰、
さらにそれが消費者に波及し始めて社会全体が物価上昇、コロナ禍からの生活スタイルの変容、
こうなったらやるしかないと、事業モデルから考え直して新たにリニューアル再オープンしたとんかつカンティーヌ+(プラス)のまたゼロからのスタート、
止まらない物価高騰から、値上げ疲れによるさらなる消費減退、
自分もとうとう限界と判断して大きな価格改定に及んだ再びのリニューアル&もう一度再出発、
そうしたら今度は、あらゆる石油関連製品に関わるという未曾有の物流混乱と、終わりの見えないその影響、
もう、疲れました。
本当に折れそうになりました。
なぜこれほど、次から次へと、ちょっと上向きはじめたと思ったらその瞬間に、新しい大波で転覆させられる…
こんなことが、繰り返されるのか?
もう、ネガティブ魔人には心の限界でした。
限界かと思われました。
もう今度こそ、次に切れるカードがない。持ち札がない。
あとはお金が尽きるまで、真綿で首を締め上げられるだけなのか…
自分はいったい、何を為したのか?
独立して、この店を立ち上げてから…
大仰なことをさんざん語っておきながら…
そんなときに読み返してみた、上の、自分の過去の膨大な文章でした。
【今度こそ、「とんかつカンティーヌ」になる】
読み返してみて、考えたこと…
この文章は、どう思われるだろうか。
どう思われていたのだろうか。
これを読んだ人は、どう思うだろうか。
どう思っていたのだろうか。
意識高い系?
政治的主張?
衒学趣味?
いいや、違う。そのどれとも違う。
自分が書いた意図は、そんなものではなかったのだ。
自分が、ここまで生きてきて、ずっと自分の中にあった「ある思い」、
それを形にするために、実現するために、立ち上げたのがこのとんかつカンティーヌであり、
その思いを表すためとして、実現するためのかすかな草の根の行動として、自分はこれらの文章を、書いたのだ。
しかしそれは、少なくとも、そのようにつながったストーリーとしては、第三者には伝わらない。これでは。
政治色の強い意識高い系と思われるのが、関の山だ。
伝えるためには、ピースが欠けているのだ。店主はいったい何を考えて生きてきたどういう人間なのか、というピースが。
そうして、思いました。
この店は、まだちゃんとしたとんかつカンティーヌになりきっていない。どんな誰が何を考えて作ったとんかつカンティーヌなのか、それが何もわからない。伝わらない。
そのストーリーのすべてをひっくるめて、初めてとんかつカンティーヌになるのだ。それが、もともと自分が考えていた、とんかつカンティーヌなのだ。
今のままでは、ただの、住宅街にぽつんと存在する、そこにお住まいの方にとっては近所のちょっと変わった店、
ちょっと変わったよくわからないニイチャン(おじさん)がときどきなんか小難しいこと言いながらやっている、とんかつとかフレンチとかって言ってる料理が食べられる小さな飲食店、
というだけに過ぎない。
この店を、とんかつカンティーヌとして、完成させなければならない。
自分の考える存在理由を持った、とんかつカンティーヌに。
そして考えたのです。
そうだ。やはりとんかつカンティーヌは、とんかつカンティーヌなのだ。あの熱量をばらまき続けていたあのときのあの思いこそが、とんかつカンティーヌの源泉であり、自分自身なのだ。自分自身の人生というストーリーとして作ったのが、とんかつカンティーヌなのだ。
そこに来て、ようやくわかりました。
冒頭の話に戻りますが、自分が、昨年8月28日、「自分のプロフィールを公開します」というこぶた通信の投稿をしたときに考えていたこと、
しかしそれを実行に移そうと考えたときに感じた、違和感の正体。
あのとき自分が考えていたことは、やはりどこかが間違っていた。
少なくともそれは、とんかつカンティーヌとして「本当に必要なこと」ではなかった。
無理して自分をカッコよく見せようとすること、なんとかして自分を情報商品化しようとすること、そんなことは、やらねばならないことではありませんでした。
無理をしたってカッコよくなんかならないし、薄っぺらい情報武装になど意味はありません。あの時書いた通り、やはりそれは惨めなだけです。ダサい自分でしかないのです。
貧相な金メッキを纏うためではなく、とんかつカンティーヌをとんかつカンティーヌとして「完成」させるために、「本当に必要なこと」として、それを考えなければならなかったのです。
そのことに、気づきました。
それは、こういうことを考えてこういうふうに生きてきた人間が作り運営している、とんかつカンティーヌという店。それが、「店のプロフィールとして」、本当に必要なことだったのだと、思い至りました。
「結局、なんだかよくわからなかった店」として、終わりたくはない。
それが、ここまで追い込まれたことで気づくことができた。
少なくとも一貫性をもってやっていた店、そういう認識を持ってもらえた店として、そういう「とんかつカンティーヌ」として、記憶に残りたい。いや店を終えるつもりはありませんが。
でももし仮にゲームオーバーになったら、「よくわからなかったニイチャン(おじさん)の、よくわからない店だった」のままでは、やはり悔いは残ります。
そういうわけで、当初考えていたよりだいぶ長くなりましたが(いつも通り)、これが、今回この連載を書こうと思った、その考えでした。
気づかれていた方がいらっしゃるかもしれませんが、1ヶ月ほど前から、実はカンティーヌランドの中に、「シェフの部屋」という新しい建物が建築中です。
自分のことを「シェフ」と表現するのも、初めてです。これも実は理由があるのですが、それはまた長過ぎるので、省略します。
近日中に、その「シェフの部屋」が、公開されると思います。
これまた中身が長いのですが(!)もしご興味ございましたら、お読みいただくことができたら、おそらく、この投稿で私が長々と話してきたこと、そして特にこの店を開業当初からご存じの方にとっては、開業から今に至るまでの全てが、一本の糸でつながることとなると思います。
ここまでお読みくださったこと、感謝の念に堪えません。
どのような感想をお持ちになったにせよ、私からは、ここまでお付き合いくださったことに、最大のお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

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